本日のお奨めは、”オルヴァル”というベルギーのトラピストビールでございます。
トラスピトビールとは、世界の修道院でもわずか7箇所だけが醸造を許されている特別なビールで、その歴史は古く11世紀にまでさかのぼります。
濃厚で小麦特有のコクがありながら、辛口でさっぱりとした味わいが何世紀にもわたって愛され続けているのです。
ところで”オルヴァル“の誕生にはある伝説が残されています。
ではその奇跡の物語をご紹介させていただきましょう。
それは1076年頃のこと。
ベルギー南部に位置するアルデンヌ地方は広大な森林地帯でした。この地方の領主だったマチルダ伯爵夫人は、ある日この森の奥深い谷間にそれは美しい泉を見つけました。夫人は泉のほとりに腰をかけ、その澄みきった水や荘厳な山々、木々の景色に、しばし心の傷を癒そうと思いました。数ヶ月前、夫人の夫は亡くなったばかりだったのです。
しかし水面に移ったその瞳から悲しみの色は消えることなく、はらはらと涙があふれては泉の雫と消えてゆきます。
ぬれた頬をぬぐおうと、そっと左手をあてがった時、やせ細った彼女の指から、あろうことか指輪が滑り落ち、またたく間に泉の底深くに沈んでしまいました。
「なんということをしてしまったのでしょう!夫の形見の指輪だというのに・・・」
途方にくれ、しばらくはただ泣き伏すばかりの伯爵夫人でした。
が、やがて涙も涸れると、彼女は心を決めて立ち上ひざまづきました。そして両手を組み静かに目を閉じると、一生懸命に祈り始めたのです。
「マリア様、命よりも大切なものをこの泉に落としてしまいました。かけがえのない思い出の指輪です。どうか私にお返しください。願いをかなえてくださいましたら、私はもう悲しむのは止めて、この国のためにお役にたつことを誓います」
伯爵夫人は祈りつづけました。何度も何度も祈るうちにその瞳から悲しみは消え、代わりに強い信念と希望の光が宿るようになりました。
すると突然水面が金色に輝き、小さな波が立ち始め、中から一匹の鱒が現れました。鱒は銀色の体をしていて、口に金の指輪をくわえていました。
驚いた伯爵夫人がなんとか指輪を受け取ると、鱒は静かに水底へと帰ってゆきました。
「なんという奇跡でしょう!私の祈りが天に届き、指輪が戻ってきてくれました。ここはまさに”金の谷(ORVAL)“と呼ぶのにふさわしい」
その後、伯爵夫人は資財を投じここに修道院を建て、以降この地はオルヴァルと命名されました。
そして奇跡を起こした泉は「マチルダの泉」と呼ばれ、今もトラピストビールの醸造水をたたえているのです。