ーセゾンⅡー グラス1 絶体絶命21世紀ヴァージョン

<当店は、ドイツ・ベルギーなどヨーロッパの美味しいビールと家庭料理が評判の、ちょっとこじゃれたカフェバーでございます>

その日、窓際のテーブルに陣取った3人の若い男女。

気弱そうなメガネの男を挟むようにして、二人の女がにらみ合っている。

2杯目のデリリュウムのグラスは、それぞれほとんど飲み干されていた。

「シゲオ、今日こそあたしをとるか、そっちの女をとるか、はっきりさせてよ」

ショートボブの女がいった。

「そっちの女だなんてひどぉーい。ねぇ、シゲくぅん、はるなのほうが好きに決まってるよねぇ」

ポニーテールの女が反撃した。

「ま、まぁ二人とも落ち着いてくれよ。僕はミキのことも、はるなちゃんのことも同じくらい好きなんだし」

会話はこの繰り返しで、さきほどから少しも進んでいなかった。

酔いがまわったのか、ポーニーテールの女がおもむろに立ち上がった。

「このビール美味しいよねぇ、はるなもう一杯おかわりしちゃおうかなぁ・・・その前におしっこいってくるねぇ」

そういってはるなは店の奥の化粧室へ向かった。

それをみて、ショートボブの女が忌々しそうにはき捨てた。

「ったくあの間延びした言い方、いちいちむかつく」

「ま、まあそんなこといわないで、せっかくだからみんな仲良くやっていこうよ、ミキ」メガネ男のとりなす言葉も、ミキのひとにらみでかき消された。

はるなが戻ってくるのと入れ替わりに、「あたしもちょっと行ってくる」といって、今度はミキが化粧室へと向かっていった。

すかさずはるながメガネ男の耳元にささやきかける。

「ねえシゲくぅん、ミキさんてなんかちょっと怖いよねぇ、はるな早くシゲくんとふたりきりになりたいー」

「そんなこというなよ、はるなちゃん、ああみえてミキだって意外とサバサバしてやさしいところも・・・」

彼が言い終わらぬうちに、血相を変えたミキが化粧室から戻ってきた。

「ちょっとはるな、あんたよくもだましてくれたわね」

「な、なんのこと?」

「あんた、ホントは男でしょう?」

「ヒィ、な、なんでそれを?」

「たったいまあんたが使ったトイレに入ったら、便座があがったままだったんだよ」

「しまった、酔ってつい気をぬいてしまった」

「やっぱりね、前からどうも怪しいと思ってたんだ。あたしも馬鹿だよね、こんな頼りない男を、よりによってオカマと張り合ってたなんて。じゃ、あたし帰るから後は二人でよろしくやんな」

ミキはあっさり帰ってしまった。

しばらくは口も聞けない様子のメガネ男、シゲオだったが、

「・・・うそだろう、はるなちゃんが男だったなんて」

やっとそれだけいったものの顔面は蒼白だった。

「だってぇ、シゲ君はるなのすべてが好きだっていったじゃなぁい」

もはやはるなはシゲオをつなぎとめようと必死である。

「それはキミがフツーに女の子だと思ってたからこそのはなしで・・・こ、このぼくが、よりによってオカマなんかと・・・」

するとみるみるはるなの形相がかわっていった。

「んだと、オカマなんかだとぉ?ゴルァ、散々いい思いしたのはだれのおかげだとおもってんだよ、てめえオカマをなめてんじゃねえぞ」

そこでひきつった顔から搾り出すようにシゲオが言った。

「た、たすけてくれ」

その後、男は泣きながら逃げるように店を出て行き、いまや野獣へと豹変したポニーテールのオカマが、怒声の限りを浴びせてその後を追うように去っていった。

彼らが来店することは二度となかった。

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