<当店は、ドイツ・ベルギーなどヨーロッパの美味しいビールと家庭料理が評判の、ちょっとこじゃれたカフェバーでございます>
その日、窓際のテーブルに陣取った3人の若い男女。
気弱そうなメガネの男を挟むようにして、二人の女がにらみ合っている。
2杯目のデリリュウムのグラスは、それぞれほとんど飲み干されていた。
「シゲオ、今日こそあたしをとるか、そっちの女をとるか、はっきりさせてよ」
ショートボブの女がいった。
「そっちの女だなんてひどぉーい。ねぇ、シゲくぅん、はるなのほうが好きに決まってるよねぇ」
ポニーテールの女が反撃した。
「ま、まぁ二人とも落ち着いてくれよ。僕はミキのことも、はるなちゃんのことも同じくらい好きなんだし」
会話はこの繰り返しで、さきほどから少しも進んでいなかった。
酔いがまわったのか、ポーニーテールの女がおもむろに立ち上がった。
「このビール美味しいよねぇ、はるなもう一杯おかわりしちゃおうかなぁ・・・その前におしっこいってくるねぇ」
そういってはるなは店の奥の化粧室へ向かった。
それをみて、ショートボブの女が忌々しそうにはき捨てた。
「ったくあの間延びした言い方、いちいちむかつく」
「ま、まあそんなこといわないで、せっかくだからみんな仲良くやっていこうよ、ミキ」メガネ男のとりなす言葉も、ミキのひとにらみでかき消された。
はるなが戻ってくるのと入れ替わりに、「あたしもちょっと行ってくる」といって、今度はミキが化粧室へと向かっていった。
すかさずはるながメガネ男の耳元にささやきかける。
「ねえシゲくぅん、ミキさんてなんかちょっと怖いよねぇ、はるな早くシゲくんとふたりきりになりたいー」
「そんなこというなよ、はるなちゃん、ああみえてミキだって意外とサバサバしてやさしいところも・・・」
彼が言い終わらぬうちに、血相を変えたミキが化粧室から戻ってきた。
「ちょっとはるな、あんたよくもだましてくれたわね」
「な、なんのこと?」
「あんた、ホントは男でしょう?」
「ヒィ、な、なんでそれを?」
「たったいまあんたが使ったトイレに入ったら、便座があがったままだったんだよ」
「しまった、酔ってつい気をぬいてしまった」
「やっぱりね、前からどうも怪しいと思ってたんだ。あたしも馬鹿だよね、こんな頼りない男を、よりによってオカマと張り合ってたなんて。じゃ、あたし帰るから後は二人でよろしくやんな」
ミキはあっさり帰ってしまった。
しばらくは口も聞けない様子のメガネ男、シゲオだったが、
「・・・うそだろう、はるなちゃんが男だったなんて」
やっとそれだけいったものの顔面は蒼白だった。
「だってぇ、シゲ君はるなのすべてが好きだっていったじゃなぁい」
もはやはるなはシゲオをつなぎとめようと必死である。
「それはキミがフツーに女の子だと思ってたからこそのはなしで・・・こ、このぼくが、よりによってオカマなんかと・・・」
するとみるみるはるなの形相がかわっていった。
「んだと、オカマなんかだとぉ?ゴルァ、散々いい思いしたのはだれのおかげだとおもってんだよ、てめえオカマをなめてんじゃねえぞ」
そこでひきつった顔から搾り出すようにシゲオが言った。
「た、たすけてくれ」
その後、男は泣きながら逃げるように店を出て行き、いまや野獣へと豹変したポニーテールのオカマが、怒声の限りを浴びせてその後を追うように去っていった。
彼らが来店することは二度となかった。